バックグランドストーリー第7弾

これはあるオイルメーカーのお話しです。

NUTEC の生みの親、NUTEC JAPAN社長 鳩谷和春のバックグランドストーリー第7弾。

これは、ノンフィクションです..。

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久しぶりのヨーロッパで出会った人、そして・・・ 

2013年の6月。鳩谷は久しぶりにヨーロッパへ出張した。

その主な目的はオランダで展開されているMoriwaki 250 Junior Cupを展開するスーパーバイクシリーズの運営・統轄団体であるTen Kateとのスポンサー契約だった。

同シリーズは、ジュニアライダーの育成を目的に設立され、モリワキ・ホンダ250のワンメイクで行われている。モリワ キエンジニアリングからの要請もあり、運営団体の趣旨に賛同したのだ。そして実際に自ら足を運んで少年ライダー達が参戦している模様を視察した。

現場を重 視する鳩谷だからこその行動だ。このスポンサリングは、3年間の契約である。NUTECプロダクトを供給するや出場する若きライダーの平均ラップタイムが アップするという結果がでてこれには、Ten Kateも驚きを隠せなかった。国内2輪レースシーンにおいてもNUTECは、チームに各製品を供給しているが、その全ては市販製品と寸分違わないもので ある。

Ten Kateのホームページには「NUTECのハイテクオイル、潤滑油と共に若き才能あるライダーを見いだし育成して行きたい」とコメントしている。

オランダ訪問の次に鳩谷は、ある人物と会った。その人は、鳩谷と対峙して<ハイテクオイル>の開発に尽力してくれた人物。

ワールドステイタスのあらゆる モータースポーツの現場で限界を極めていた当時に唯一、鳩谷の要求に応えて共同開発を受け入れてくれた言わば戦友だ。一気に何10年も前に時間が戻ったよ うな一時を過ごした。一緒にオイルを開発したときの信頼関係は変わらない。今後も互いが必用としたときには協力し合うことを誓って別れた。

そして、最後に訪れたのは、鳩谷が1970〜80年代に世界ラリー選手権を戦うために赴任していたドイツ。

そこにはかつてチーム・トヨタ・ヨーロッパ (TTE)があり、鳩谷は、TTEの創立者オーベ・アンダーソン氏と共に当地を拠点にして参戦していた。現在は、トヨタ・モータースポーツ・有限会社 (TMG)となっている。

TMGの現代表、木下美明氏が「ヨーロッパに来たときには是非TMGに寄っていただきたい」と強く乞われたので足を運んだ。
トヨタのF1基地として拡張された施設は広大だった。木下氏は、先輩である鳩谷を連れて全ての施設の案内を自ら行った。

そして、木下氏が「最後に鳩谷さんにお見せしたいものがあります」と案内されたところにあったのが新車同様にリストアーされたTS010だった。

現在、世界耐久選手権シリーズに参戦するTMGを率いる木下氏が鳩谷の最後の<作品>に敬意を示してくれたことに鳩谷は胸を熱くした。

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